黒田さんの恋愛記録

東京在住アラサーOLが過去の恋愛の記憶をもとに恋愛物語を書きます。

最初の恋愛20 完結

けたたましく鳴る携帯を、恨めしく見つめていた。

新しい日々へ歩みだそうとしているのに、また黒い狂気が襲ってくる。

だけど、本当に歩みだしたいなら、これでちゃんと終わらせなければ…

私は意を決して、電話を取った。

「もしもし…」

「電話してごめん…」

弱弱しい、先生の声が聞こえた。そのあとに何か言葉をつづけようとしているようだが、いっこうに何も話さない。ただただ、気持ちを収めようとする息遣いだけが聞こえてくる。

「あの、先生、私の方こそ本当にごめんなさい。私の方から勝手に好きになって、先生を呼び出したり、一緒に出掛けてもらったりしてたのに、先生の気持ちを聞いてから私、気づいてしまったんだ。私が好きだったのは、先生であるあなたであって、一人の男性としてのあなたではないことに。本当にごめんなさい。私はもう東京に行くから、私のことは忘れてください。先生には感謝しています。本当にありがとうございました」

先生は、何も言わない。電話口で、かすかに泣いているような音が聞こえるだけだった。

「私の伝えたかったことはこれが全部。もう、切るね…。おやすみなさい」

ひどく疲れを感じて、そのまま眠りについた。

 

次の日の朝。目覚めた私に届いた、最後のメール。長い長い、先生の私との物語。

 

「先生というブランドにひかれて、H先生を好きになり、H自身のことは好きになれないという言葉は的を射ている。

去年の4月ごろ、私が黒田あおいの告白を断ったのも、それが理由でした。この恋は一過性のものであり、すぐに消えると思ったから。そして私自身心を開くことはできなかった。

一緒にドライブなどデートのようなことをしたけど、H自身のことを知れば、H先生とのギャップを知り、気持ちが離れていくと思い、よくないとは思いながら逢っていました。

一緒にいるときに、何度か『一途に想えるか?』を話したことがあるよね。そのとき、あおいちゃんは『無理かも?』っていう会話で『やっぱり』なって思って心が開けずにいたし、この恋はすぐ終わると思っていた。そんな思いの中でも逢い続けていました。そしてあおいちゃんの想いは本当の恋なのかな?ということを会話の中で見極めようとしていました。

気持ちを開くようになったのは、これから次のことがきっかけでした。あおいちゃんから『先生の気持ちがわからない』と言われたことです。あおいちゃんにとっては当然のことです。なぜなら、私はまだ心を開いていなかったからです。あおいちゃんの想いに対し、私は『友達には、私との関係を秘密にしてほしい』と言いました。ただばれるのが嫌だったからではありません。そういう気持ちもありましたが、この言葉の真意は、私とのことで友達とワーワー、キャーキャー会話しているのが愉しくて、私自身は置き去りにされていると思ったからです。実際そうであったと思います。その私の投げかけに対し、『できる限り秘密にする』という返事が返ってきました。これが、きっかけです。

私は少しずつ心を開くようにしました。そして、私の想いを伝えるようになったころ、あおいちゃんの気持ちが離れていくのを少しずつ感じていました。

そうこうするうちに私の誕生日が来ました。私はあおいちゃんからの電話を待っていました。しかし、電話はなく、私から連絡をして夕方に少し話しただけでした。私は心底、落ち込み、まともに会話ができませんでした。誕生日に、あおいちゃんの気持ちが離れていくのを、より感じるのでした。

あおいちゃんの気持ちが離れていくのを、そして自分自身に魅力がないということを認めたくなかった私は、積極的に想いを伝え、逢いたいと言い続けました。そんなことしかできなかった自分が歯痒かった。何度抱き締めたいと思ったことか。一緒にいながらも、そういう行動が取れずにいる日が続きました。結局、私は体裁を気にしていたのかもしれません。

そしてクリスマスがやってきました。別れを伝えるべく、逢おうと思っていました。しかし、あおいちゃんから『元旦は?』という発言があり、びっくりしました。あおいちゃんの気持ちは私から離れていると思ったから。私はすぐに『いいよ』と言えませんでした。本当に不意を突かれて、話を流してしまいました。でもうれしかった。その言葉を言われた場所を鮮明に覚えているくらいです。まだ望みはあると思いました。帰りの車の中で、私から元旦について話をしました。『いいよ』という返事で、単純な一言が心から嬉しかった。

……しかし、元旦に近づくにつれて、あおいちゃんのトーンが下がっていました。自分が何か機嫌を損ねることをしたか、一生懸命探しました。でも、わからずじまい。結局会うことはできませんでした。

それからの日々は苦痛でした。メールが来ていないかを確認する毎日が続き、また、過去のあおいちゃんとのメールを思い返していました。あおいちゃんの存在がどれだけ大きかったかを感じずにはいられませんでした。そして、一つの結論が出ました。本試験が終わったら、連絡をしようと!

そう思った矢先に、あおいちゃんからメールが来ました。本試験の出来を報告する内容でした。期待を持ちながらメールを見ました。絵文字を使った、一見かわいらしいメールでした。しかし、そこに気持ちのこもった文章はありませんでした。一晩中考え、朝に返事を送りました。『さよなら』を告げました。

それからの一週間はもっとつらかった。自分の気持ちに嘘をつき続けることが。毎日、二、三時間しか寝れませんでした。私の疲労はピークに達していました。真実を語るしか明日には進めないと思い、昨日電話しました。何も伝えられなかった。沈黙だけが続く電話でした。あおいちゃんから、終わりを告げられました。ある意味助かったのかもしれません。多分、沈黙だけが続いていたはずだから。私の頭の機能はストップしていた。それでも、あおいちゃんの想いの強さはわかった。

今日のメールは、昨日、そしてこれまでに伝えられなかった想いを綴ったものです。

長々とメールをしてしまいました。あおいちゃんとの一年を整理するとこんな感じですね。ただし、これは私の想いが主体ですが…。あとは気持ちを整理するだけです。あおいちゃんと県内中を旅したので、そこを通らないように生きていくのは至難の業です。これからも困難に立ち向かう私の応援をよろしく。

希望、目標がなくなると日々が淋しいものになります。生徒にそれを求めている以上、教師がそれではいけませんね。新たな希望、目標を探します。

 

最後だから女々しくさせてください。

『愛しています』」

 

私は、その携帯を放り捨て、東京へ旅立った。

 

おわり

 

最初の恋愛19

スーツ姿の先生に会うのは久しぶりだ。

私は、静かに、でも必死に探していた。私の憧れの先生を。

ぎこちない会話。

以前なら、あふれ出すように言葉が出てきていたのに、言葉を発するパワーが全くわかない。

「あおいちゃんのお望み通り、スーツ着てきたよ」

もう、何も話してほしくなかった。これ以上、私の先生を壊すのはやめてほしかった。

「そ、そうだね…ありがとう」

そっけない私の態度を前に、先生も何も言わなくなった。

…なんで、また会ってしまったんだろう。

早く帰りたい気持ちでいっぱいだった私は、上の空で適当に話をしながら帰るタイミングをうかがっていた。クリスマスムードの賑わいが、余計に憂鬱にさせた。

昼過ぎに郊外のショッピングモールで映画を見た後、今までなら夜ごはんまで食べて帰っていたところだが、明日用事があるからと言って早々に家に帰してもらった。

私は確信した。もう、二度と私の憧れの先生は戻ってこないことを。

 

年末年始を迎えて、いよいよ受験も大詰めとなった。最初の難関、センター試験を控えた前日、携帯が鳴った。

「明日、センター試験が終わった後会えないかな?」

センター試験は2日間に渡って行われるが、その初日が終わったら会いたいという先生からのメール。それを見た瞬間、怒りすら感じた。教師のくせに、試験を邪魔する気なのか。もう、先生の暴走は止められない。

そのメールは無視して、なんとか2日間のセンター試験を終えた。結果は、当然だが良くなかった。この1年、ろくに勉強していなかったのだから当たり前だ。

その後、先生からの連絡は少しずつ減っていった。追い詰められている感覚になっていた私は、安堵して2月の本試験の勉強に打ち込んだ。

どうしてもこの試験に受かって、この狭い田舎を抜け出して、東京へ行きたかった。先生との関係を断ち切るためにも、私は東京へ行きたかった。

 

2月の終わり。東京での本試験を終えて、地元へ戻った私は、先生に試験の出来を報告する短いメールを送った。先生として試験のことを気にしていることへの少しの配慮。少しして、返事が届く。

「試験、お疲れ様。たびたびメールしてごめん。試験の出来が気になって仕方がなかったんだ。」

その下に信じられないくらい長い余白があった。何度も下へ行くボタンを押す…

「この一か月間、黒田あおいのことばかりを考えていました。この前にも言ったけど、気持ちの整理ができていません。ただし、わかっていることはまだ『好き』なことです。こんなことを言っても、困らせるだけってことはわかってはいるんだけど…これで最後にするので聞いてください。この一年間、いろいろ足を引っ張ってごめん。好きになればなるほど自分勝手であったと思います。本当にごめん。許してくれとは言いません。ただ、理解してくれたらと思います。最後といった以上、このメールの返事はいりません。本当に楽しい思い出でいっぱいです。ありがとう。そして本当にさようなら。」

 

終わったんだ…

ついに、終わったんだ…

かっこいい、憧れの先生を好きになって、振り向いてもらおうといろいろと頑張って、やっと告白したら振られて。でも、先生の気持ちがだんだんこちらに向いてきて、ついには私のことを好きになってくれた。

なのに、どこかで歯車が合わなくなって、ピュアで淡い恋愛が、気づいたら狂気に満ちた黒く重いものに変わってしまった…

先生が、悪かったんじゃない。多分、私が幼すぎたのだ。

それでも、

それでも、この恋愛を糧にして、東京で新しい生活を始めよう。

少しずつ前向きになり始めていたころ。

再び、携帯が鳴った。

電話だった。

 

最初の恋愛18

先生の、私への想いを知ったその日から、私の中で何かが決定的に変わった。

それが何なのか、薄々気が付いていたが、その考えを否定しようと必死になった。でも、一度沸き上がった思いは消すことができない。

 

先生が、先生ではなくなってしまった。

普通の、一人の男性になってしまったのだ。

 

実は、先生と定期的に会うようになってから、少しずつ自分の気持ちが変化していることに目をつぶっていた。休みの日に会う先生。学校とは違う、私服の先生。数学を教えてくれない、先生。ときどき甘えたようなことを言う、先生。

私が好きな「先生」がどこかに行ってしまっている。そんな戸惑いが沸き起こっていた。

とどめを刺したのが、先生からの告白。

ああ、もう、彼は憧れの先生ではなく、私の思う通りになってしまった、ただの一人の男性になってしまった。

自分勝手だが、自分の心に嘘はつけなかった。

 

それからというもの、私は自分から先生へ連絡する頻度が下がり、会いたいとも言わなくなった。勉強に集中したい、というようなことを言って、会うことを避けた。明らかに、先生は戸惑っていた。むしろ、私が離れようとすればするほど、先生の気持ちは強くなり、先生から頻繁に「会いたい」と言われることが増えた。

私は、もう、どうしていいかわからなくなっていた。

そうこうしているうちに、先生の誕生日がやって来た。12月の初めのことだ。

先生は確実に、私からの連絡を待っているだろう。先生が、私の誕生日にそうしてくれたように、朝一番にメールが来ると期待しているだろう。何かしらの誕生日プレゼントを用意しているかもと思っているかもしれない。

でも、私にとってはすべてが重荷に感じられた。

自分で蒔いた種なのに、収穫の時を迎えて、急に投げ出したくなってしまった。

その日、私は先生へ連絡しなかった。夜、先生から電話があった。私は、面倒だと思う気持ちと申し訳ないと思う気持ちで、何コールも置いてから電話を取った。

「あおいちゃん、元気…?」

「うん…、あの、先生誕生日おめでとう。連絡しなくてごめんね…バタバタしてて…」

「うん…」

長い沈黙が続く。先生からそれ以上言葉は出てこなかった。私も、話すべきことが見つからず何も言わなかった。

「あの…、じゃあ私今から勉強するから、切るね」

「あ、うん。邪魔してごめんね。体に気を付けて頑張ってね」

なんとも後味の悪い電話が終わった。

12月は受験生にとって追い込みの大切な時期だ。正直、先生との恋愛に浸りきっていた私はろくに受験勉強をしていなかった。でも、この状況を変えるには、何とか合格して東京という新しい場所へ移るしかないと思った。

それまでの遅れを取り戻そうと、必死に勉強をした。だが、その合間も先生からの連絡はやまない。

「あおいちゃん、勉強がんばってる?」

「あおいちゃんのことが気になって仕方ありません」

「勉強で困ったことがあったらいつでも連絡して」

「あおいちゃんのことをいつでもそばで応援してるよ」

私はもう気が狂いそうだった。…いや、この狂気は自分が生み出したものだ。

 

12月24日。クリスマスイブ。その年はちょうど日曜。

私は、最後に先生への気持ちを確かめるために先生と会うことにした。まだ、私の好きな「憧れの先生」がいるかもしれない…。そんな願いを込めて会った。先生に、「スーツを着てきてほしい」とお願いをしたのも、そんな願いからだった。

「おはよう、久しぶり」

スーツを着た先生が紺色のミニバンに乗って現れた。

 

最初の恋愛17

「私、先生の気持ちがわからない」

電話口で先生に告げた。

その日は、別の高校に通う親友の家に泊まっていた。その親友とは中学生のころからの付き合いで、私の家庭にいろいろと問題があったときも家族ぐるみでサポートしてくれて、心から信頼していた。私は、先生との関係について、その子には逐一細かく話をしていた。先生にも、その親友の存在は話してあった。

夜、布団に入りながらいつものように先生とのことを話していた時に、私が先生は多分私のことを好きだと思うけど、それをちゃんと伝えてもらったことがないというと

「じゃあ、今先生に電話して聞いてみなよ!」

という、高校生特有のノリでけしかけられた。どっぷりとこの恋物語に浸かっていた私も高揚した気分になり、勢いに任せて先生に電話したのだ。

「先生、先生は私のことどう思ってるの?」

微妙な沈黙が続いた後

「あおいちゃんのことは、特別な人だと思っているよ」

確信はしていたものの、実際に言葉にして告げられると、返事がすぐにできないくらい動揺してしまった。

「そっか…、よかった、ありがとう先生…」

なんとか、声を絞り出して返事をした。それから、先生の話が続いた。

「だから、俺とのことはなるべく周りの人に秘密にしてほしい。それと、あおいちゃんは今受験勉強が一番大事だから、それを邪魔するようなことはしたくない。ちゃんと受験して、合格して、そうしたらその先のことを一緒に考えよう」

「…うん、わかった。先生とのことはなるべく他の人には言わないようにする。勉強もがんばるよ」

そう言って、電話を置いた。

 

私は、自分の中で何かが崩れるのを感じた。

なんだろう…?

長い長い時間を超えて、やっと、好きな人から「特別だ」と言われて、うれしいはず、なのに…

なのに…

私は、自分の中の思いもしない反応に戸惑っていた。

最初の恋愛16

じっとりとした暑さがやって来た7月。私は体調を崩していた。めまいがひどく、まともに歩くこともできないことがあった。何とか学校には通っていたが、早退することもしばしばあった。病院に行っても、疲れと気候の変化だろうということで原因はわからずじまいだった。

いつもは、週末にしか会わないのに、その平日先生からメールが来た。

「今日の放課後、時間ある?」

「あるけど、先生どうしたの?」

「そっちに帰るから、会えないかな」

そうして、放課後の夜6時ごろ先生が私の学校の近くまで車で迎えに来た。

学校の近く、そして私は制服。

なんともリスクの高い行動だったが、その時の二人は、もう何かが麻痺していたんだと思う。

急いで、助手席に乗り込む。

「先生、平日なのにびっくりしたよ」

「あおいちゃんの体調が気になって…でも、元気そうでよかった」

先生は、確実に私のことを特別に想っている。

夜も更けて、星が見え始めた。都会のようにネオンもない暗い田舎では、星が信じられないくらいたくさん見える。空じゅうにぎっしりと星が輝いている。

少し車を止めて話をした。

「私、もっと数学が得意だったら、数学者か物理学者になって宇宙の謎を解明したいんだ。星空を見てると、地球にいるのに宇宙が見えて、すごく不思議な気分になるの」

「そうだね、不思議だね。でも、数学がすべてを解き明かせるわけではないよ」

そんな話をしながら二人で見つめた星空を私はずっと忘れないだろう。

 

先生との奇妙な関係が続いた18歳の夏。大学受験が控えているというのに、私の生活の中心は相変わらず、先生。ただ、先生ががっかりしないように、最低限の勉強はしていた。

先生とのドライブで行った、抜けるような青い海、青々とした草原と山々。その風景を彩るミスチル。すべてのシーンがキラキラとして、その先には幸せしかないように思えた。先生はこんな状況になってもなお、私への想いは口にしなかったけれど、私の気持ちは変わらなかった。

このキラキラとした幸せな時間に陰りが差し始めるのは、先生の誕生日を目前に控えた11月の終わりのことだった。

 

 

最初の恋愛15

「先生、数学教えて」

これが、私の切り札だった。先生と生徒という関係を維持しつつ、先生に会う方法。だけど、いくら何でも異性の教師と生徒が学校外で会うことはリスクが高いということはわかっていた。最初のデートとこの前の雨の日、その2回だってもし他の生徒や先生、保護者に見つかっていたら、何かしら問題になっていただろう。

先生は、とてもまじめな性格だと思っていたから、その2回は例外で、これ以上会う理由もない私に会ってくれるかどうかは賭けだった。

でも…

私には、自信があった。先生は、必ず私に会ってくれると。

雨の日の再会から数日後、数学を教えてほしいとメールを送ると、すぐに返事が来た。

「それなら、次の日曜はどうかな?」

拍子抜けするほど、あっさりとOKの返事が来て正直びっくりした。そして、少し先生を心配してしまった。正式採用された大事な時なのに、こんなリスクをとって大丈夫なのかな…。だけど、もう、私の気持ちは止められない。

「やったあ。先生、ありがとう。日曜日、よろしくお願いします」

 

そこから、先生と私の奇妙な関係が始まる。

先生と生徒、友だち、恋人…

そのどれにも当てはまらない、特別な関係。

ほぼ、毎日メールのやり取りをして、月に2度ほど日曜日に数学を教えてもらうという口実で2人で会って一日過ごした。

会う日には、先生が車で2時間ほど離れた新しい学校の近くの自宅から私の家の近くまで迎えに来てくれる。私はもはや慣れたように、紺色のミニバンの助手席に乗り込む。ひとしきり合わなかった間に起った他愛もないことをしゃべり、一緒にミスチルを歌って、県内中をドライブした。初めのころは真面目に数学を教えてもらっていたが、だんだんそれもなくなり、普通のデートになっていた。

「ねえ、先生は学生の頃彼女とかいなかったの?」

「いや、まあ、そんな感じの人はいたけど…。あおいちゃんは、彼氏とかいないの?」

「え、それ私に聞く?」

「あ、えーと…あおいちゃんは、一人の人に一途になれるタイプ?」

「一途かあ…まだ、付き合ったことないからわかんないかなあ」

仲良く話はしていても、恋愛の話になるとお互いぎくしゃくした感じになっていた。だって、私が好きなのは先生だから、しょうがない。

そんな、不安定だが淡く楽しい日を送っていた6月、私の誕生日がやってきた。

朝一番に先生からメールが届く。

「お誕生日おめでとう。とうとう18歳になっちゃったね。大人であるあおいちゃんだけど、この一年は少しわがままに過ごしてもいいんじゃないかな!子供でいられる時期は短いんだよ」

10歳年上の先生と過ごしていて、大人の世界に足を踏み入れていたと思っていた私は、先生に子供扱いをされて少し不満だったが、誕生日をしっかりと忘れずに連絡をくれたことがとてもうれしかった。

そして、その週末いつものように会うと

「はい、これ。誕生日おめでとう」

そういって、プレゼントを渡された。今までもらったこともないような、高級そうな箱。

「え、なんだろう…」

箱を開けると、小さな宝石のついたネックレスだった。

「あおいちゃんの誕生石だよ。ムーンストーンっていうらしい」

ムーンストーン。宝石言葉は「愛の予感・純粋な愛」

男の人からアクセサリーをもらうのは初めてだった。私は、なんと言っていいかわからず。小さくお礼を言った。

キーホルダー、ムーンストーンのネックレス、そして先生と交わす言葉たち。

私の中に先生との大切なものがどんどん増えていく。

学校の生徒や先生には決して見せないであろう、その笑顔。私だけが知っている先生。私の毎日は、もう先生でいっぱいになっていた。友達との会話も、家族との時間も、勉強も、遊びも、すべて先生との時間の前では些末なことのように思えた。

18歳の私の狂気は、先生をも変え始めていた。

 

 

 

最初の恋愛14

先生とのおかしな再会を果たした私は、一人暗い部屋に戻った。振られた人と何事もなかったかのように会って、ごはん食べて。私、何やってるんだろう。

先生には毎日会いたいと思っていたけれど、いざ会ってみて、こんな状況で、なんだかばかばかしくむなしい気持ちになっていた。

ふと、先生に手渡された紙袋に目をやると、タッパーの他にもう一つ何かが入っていた。

なんだろう…?

手に取ると、それは包装紙に包まれた小さな箱だった。ゆっくりとその包装紙を開けて、箱を開けると、ガラスでできた小さなキーホルダーが入っていた。

先生…

なんで、こんなことするの?

先生からの初めてのプレゼント。私が気持ちを伝えて、悩んで、それでも先生と生徒という立場を守ろうとした先生が、再会する今日までの間に、私のことを考えて選んでくれた。

私は、キーホルダーを握りしめたまま泣き崩れた。

だけど、それは希望のないどん底の気持ちの涙ではなかった。

私は、直感していた。

先生は、私のことを想っている、と。

そこから、二人の物語は思いもしなかった方向へ、ゆっくりと進み始めた。