黒田さんの恋愛記録

東京在住アラサーOLが過去の恋愛の記憶をもとに恋愛物語を書きます。

最初の恋愛13

あのメールを送ってから、先生からはもう返事は来ず、わたしは日常へ戻っていった。いや、戻ろうと意識していた。

普通に学校に行って、友だちとしゃべって、勉強して・・・

先生のいなくなった毎日。その現実と向き合い、前に進むのに必死だった。でも、あんなにも心を奪われたあの日々と先生の存在がどんどん薄くなっていくことは、とても悲しいことだった。夜が来ると、勝手に涙が流れた。

全部、夢だったんじゃないかな・・・

そんなある日、本当に突然、メールが届いた

「久しぶり。この前のタッパーを返したいんだけど、学校終わって時間ある日教えてくれる?」

表示された名前を見て、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。先生・・・

タッパー…、実は、ドライブに行った日、私は何か先生に渡したいと思って手料理を作って渡していたのだ。

それにしても・・・、また私、先生に会うの?

信じられないことがまた起こっている。

ずーっと会いたかった、話したかった。

でも、いったいどんな顔して合えばいいのか・・・

複雑な気持ちのまま、とりあえず返事をすることにした。

「お疲れ様です。明日の夜7時くらいなら大丈夫だよ」

「了解しました。7時に前と同じ駐車場のところに行きます」

あっさりとした先生の返事。先生、あの、わたしたち何もなかったんでしたっけ・・・?もう二度と会うことはないくらいの覚悟で、最後のメールを送っていた私は、先生が何考えているのか全然わからなかった。

 

次の日。夜7時。冷たい雨が、降っている。4月も終わりに近づいているというのに、上着がいるくらい、肌寒い夜。

私は、気持ちの整理がつかないまま、待ち合わせ場所に向かった。

・・・いた。見覚えのある、紺色のミニバン。

緊張しながら、ゆっくりと近づいて行った。

運転席のそばまで来ると、窓がゆっくりと降りた。久しぶりに見る、大好きな人。

「先生・・・、久しぶり」

「久しぶり・・・。あ、はいコレ。ありがとね。」

そう言って、タッパーの入った紙袋を渡された。

「あ、うん・・・」

微妙な時間が流れる。紙袋は雨に濡れて、色を変え始めていた。

「黒田さん、もうごはん食べた・・・?」

「えっ・・・いや、まだだけど・・・先生は?」

「まだ」

急な話の展開に、頭がついていかない。なのに、気づいたら言葉が出ていた。

「・・・先生、ちょっと話したいんだけど」

「うん、じゃあ、乗って」

なぜ私はまた、この席に乗っているんだろう?特別だと思っていた、この助手席にもう一度乗ることがあるなんて、思ってもみなかった。車は当てもなく、動き始めた。

暗い車内、ミスチル、雨で滲む信号の赤い光。差してきた傘の雨しずくが足に当たって冷たい。

これは、いったいどういう状況なのだろう。

「・・・あの、なんで今日先生こっちにいるの?」

「ああ、たまたま休みが取れたから帰ってきたんだ」

「そっか・・・」

聞きたいことは山ほどあって、言いたいことも山ほどあった。だけど、まだ今の状況が理解できていない私は、混乱し、何も言えずにいた。先生に、何か言ってほしかった。どうしてまた私に会ってくれたのか。先生は、今どんな気持ちなのか。

行先の決まっていないこのドライブのように、先生と私がどこに向かっているのか。多分、二人ともわかっていなかったんだ。

「えっと、黒田さんごはんどうする?」

「え、あ・・・うん。食べて帰れるよ」

先生とごはんを食べるなんて、とても特別なことだと思っていたけど、なんとなく二人で国道沿いのファミレスに入って、なんとなく普通の食事を頼み、なんとなく日常会話をして小一時間一緒に過ごした。

ただし、私たちが一番話すべきだと思っている核心には全く触れず、ただ食事をして、家まで送ってもらい、別れた。

先生、私、先生に告白したんだよね・・・?

先生、それで、恋人にはなれないって、そう言ったよね・・・?

そんな事実さえ疑ってしまった。

わたし、まだ望みを持っていいのかな。

何か言ってよ、先生。

 

最初の恋愛12

早起きした朝。

田舎の朝は静かだ。今日は窓から山のきれいな緑がくっきりと見える。

落ち着いた気持ちで、携帯のボタンを押した。

 

「先生、ごめんね。私が自分の気持ちを言ったことで、先生をこんなにも困惑させて悩ませて。本当にごめんね。今思えば、私いつも先生に支えてもらってた。先生自身気づかなかったかもしれないけど。私にとって先生の存在はとても大切だった。それは好きな人だからってだけじゃなくて、私の人生において大切な人だからだよ。先生の優しさはいつも感じてたよ。なんでこんなにも優しいんだろうって思うくらい、優しかった。だからそれに甘えてた。このままじゃダメだよね。頼るだけじゃなくて先生の応援に応えるためにも、前に進まなきゃダメだよね。先生もそれを望んでるはずだし、自分もそうしたい。今はまだすぐに、そんな強さを持つことはできないけど、きっと大丈夫だよ。だって、私にはいつも応援してくれる先生がいるからね。本当に出会えてよかった。本当にありがとう。」

素直な私の今の気持ち。

一度、読み返してから、躊躇なく送信ボタンを押した。

先生のこと、まだ大好き。

でも、現実の時はもう、動き始めたんだ。

もう二度と会うことはないよね。

先生、さようなら。

そして、ありがとう。

こうして、この物語は終わった。

 

・・・終わったはずでした。

最初の恋愛11

あんなにも涙が出てくることがあるのか。

自分でも不思議に思うくらいに、泣き続けた。

 

「この前はびっくりしたし、困惑して何も伝えられずにごめんね。俺自身、いろいろと考え、悩んでいた。まだ、今も悩んでいるんだけど、黒田さんもこんな感覚なんだろうなあと思う。ただ一つ言えることは、恋愛には発展しないということ。キツイ言い方をしてごめんね。どっちにもとれる言い方は、お互いにとって良くないことだと思ったから、こんな言い方になってしまいました。本当にごめんね。図々しいけど、黒田さんには今まで通り頑張ってほしいし、何か困ったことがあったら相談をしてほしい。できることなら、これまでの関係を維持できたらなと思います。本当ならこっちから連絡をしなければいけなかったのに、そうでなくてごめんね。こんなことしか言えない俺を許してください。本当にごめんね。」

 

わたしは、わたしの感情がもうよくわからなくなっていた。大好きな先生が、わたしのことを真剣に考え、悩み、それでも先生として支え続けようとしてくれている。

優しい先生。だから、大好きなんだ。

その優しさを受け止めて、大切にしたい。

わたしも、ちゃんと向き合おう。

大好きな先生に、返信しよう。

最初の恋愛10

高校2年生、17歳のほぼ半分の時間抱き続けたその想いは、ついに外に放たれた。

途方もなく感じる沈黙の後で、先生がつぶやいた。

 

「・・・そうなんだ」

 

そう、なんだ…?なんとも意表をつかれた言葉が返ってきた。

本当のことを言うと、先生はもうとっくに私の気持ちに気が付いていると思っていた。だって、あんなにわかりやすく毎日会いに行って、楽しくてたまらないというオーラを出していて、先生がいなくなる時は思いっきり悲しそうになって。だから、今日私をドライブに誘ってくれたんだって思ってた。

「えっと、先生気づいてると思ってたんだけど・・・」

「いや、なんとなくそうなのかなあと思ってたんだけど・・・びっくりした」

先生は、本当に驚いているようで、私に言うべき言葉を探しているのがわかった。

「あのね、先生。わたし、ずっと言いたかったんだ。でも、なかなか言えなくて。今日先生と一日一緒にいて、やっぱり今日言わなきゃって思ったんだよね」

再び、沈黙。

自分で始めたことなのに、私自身もこの状況に混乱し始めていた。

とんでもないことを、してしまったのかもしれない。

「・・・ごめん、なんて言っていいか・・・言葉が見つからないんだ」

「そんな、深刻に考えないでいいよ。私、本当にこの気持ちを伝えたかっただけだから」

何も、見返りを求めていなかったかと言えば、それは多分嘘。だけど、大好きな先生をこんなにも困らせてしまったことがいたたまれず、早く電話を切ってしまいたかった。

「とりあえず、今日はもう大丈夫だから、電話切るね。聞いてくれて本当にありがとうございました」

「・・・こっちこそ、ありがとう」

「じゃあね。おやすみなさい」

静かに、携帯を置いた。

言えた。ついに、言えた。でも、想いを伝えたことですっきりするどころか、もやもやと何とも言えない重苦しい気持ちになってしまった。

先生の、あの反応はどういうことだったのだろう。

その意味を、ちゃんと言葉で聞きたかった。

次の日、先生から何も連絡はなかった。そして、その次の日も。

もう一生、先生から何も連絡が来ず、このまま先生とのつながりも消えてしまうのではないかという不安でいっぱいになった。

次の日、耐えきれなくなって、私から先生にメールを送った。先生はどう思ってるの?なんて聞く勇気はないので、私の告白を聞いてくれたお礼だけを短い文章で送った。

夜8時。先生の仕事がちょうど終わるくらい。

その日のうちに先生は返事をくれるかな。それとも、もう何も来ないのかな。

先生の車の中で聞いた、先生の好きなミスチルの曲を何度も繰り返し聞いていたその時、携帯が鳴った。

最初の恋愛9

2回目の先生とのドライブ。初めての助手席。

車が走り始めても、私の緊張は続いていた。先生は少し笑みを浮かべたような表情でハンドルを操作している。

「黒田さん、この曲知ってる?ミスチルの昔の曲なんだけど」

そう言われて、車内に流れている曲に気が付いた。先生がミスチルが好きだと知ってから、過去のアルバムから最新のものまですべて毎日のように聞いていた。

「知ってるよ!この曲いいよね~」

そこから、緊張と戸惑いが少しづつ薄れて、いつものように会話が弾んだ。青空の日曜日の、好きな人とのドライブ。こんなに、幸せで楽しいことがあるなんて思ってもみなかった。xx市に到着するまでの約1時間、私の話は止まらなかった。先生のことをもっと知りたい。いろんなことを聞いて、いろんなことを話した。先生も楽しそうだ。

xx市についてからは、浜辺を歩いてみたり、市内を歩いたりして、海鮮料理が評判の店で昼食をとることになった。

「先生、今日はいつ頃帰らないといけないの?」

「うーん、夕方くらいかな。黒田さんは大丈夫?」

「うん、私も夕方くらいに家に帰れば大丈夫だよ」

よかった、もう少し先生と一緒にいられる。

「先生、どうして今日誘ってくれたの…?」

「だって、黒田さんがなんか寂しそうだったからね」

いたずらっぽい笑顔を浮かべながら先生が答えた。それは、単なるかわいい生徒への愛情なのか、それとも他の感情からなのか、私には判断がつかなかった。

昼食を終えると、またどこに行きたいか聞かれたので、県内でも有数の観光地である洞窟に行ってみたいとリクエストした。小さいころに一度行ったときに、やけに印象に残っていてもう一度行ってみたいと思っていた。

「そこなら、帰り道だしちょうどいいね」

洞窟につくと、先生が入場チケットを買ってくれた。閉じる少し前の時間だったからか、人影はまばらだった。

「わあ、久しぶりだなあ。わくわくするね、先生」

すっかりテンションが上がっていた私は跳ねるように洞窟の狭い通路を歩いていた。

「きゃ…」

濡れた地面に足を取られてよろけそうになる。

「危ないなあ、気を付けてね」

そう言うと、すっと手が差し伸べられた。私は、何も言わずにその手を取った。

先生と繋いだ手。意識せずにはいられないけど、努めて意識しないようにしながら洞窟を見て回った。その間の30分間、その手は繋がれたままだった。

帰り道、すでに辺りは暗くなりかけていた。この時間が終わってしまうことを考えると、私は自然に無口になっていった。そして、ずっと考えていたのは、先生に想いを告げるなら今日しかないってこと。

紺色のミニバンはまた朝と同じ駐車場にたどり着いた。閉店間際で車は数台しか止まっていなかった。何も言わず、なかなか降りない私に先生は何も言わなかった。私は葛藤していた。でも、勇気がなかった。

「先生、今日はありがとう。また、メールしてもいい?」

「もちろん。いつでもしてきていいよ。電話でもいいよ」

別れの挨拶を交わすと、紺色のミニバンを背に家に向かって歩みを進めた。また、自分に負けた悔しさで、あたりの景色は滲んで見えた。

自分の部屋に戻って、携帯を横目にじっと睨みながらミスチルを聞いた。そして、気づくと、電話をかけていた。そう、先生に。

「もしもし、先生?」

「どうした?またなんか忘れ物した?」

「ううん、でも、先生に言い忘れたことがあるんだ」

「うん?」

「先生、あのね、私、先生のことが好きです」

最初の恋愛8

「日曜日、朝10時、迎えに行きます」

その文字を見た瞬間、時が止まった。日本語は読めるのに、意味がわからないという経験をしたのは初めてだった。

今日は金曜日。日曜日は二日後。そして、この文字を送ってきた人がその朝10時に私を迎えに来る…。そういうことみたいだ。

でも、なぜ…?全く、わけがわからない。

それでも、私の心臓は感じたことのない速さで鼓動を打ち、身体がとても熱くなっていた。とにかく、返信をしなければと、携帯のボタンを押す。

「わかりました。日曜の朝10時に××で待ってます」

なぜ?と聞くことはできず、待ち合わせ場所だけ指定して、そのやり取りは終わった。

「いってきます」

日曜日、ほとんど誰にも聞こえないような声で、玄関のドアを開けて外に出た。4月の朝。やわらかい光を注ぐ太陽と淡い青色の空。私は、ふわふわとした心地で待ち合わせ場所へ向かった。9時50分。待ち合わせ場所は開店前のスーパーの駐車場。がらんとした広い駐車場には、まだ誰もいなかった。

ーこんな展開、あるんだなあ…

そんなことを思いながら待っていると、一台の車がやってきた。紺色のミニバン。静かに私の前に止まった。運転席の窓が降りる。

「黒田さん、おはよう」

「おはようございます…」

「とりあえず、乗りなよ」

運転席の窓越しに突っ立って、もごもごしている私に彼が笑いながら事も無げにそう言った。私は焦って車の反対側へ回る。後ろ?それとも、助手席…?少し躊躇いながら助手席のドアに手をかけた。これで、いいんだよね…?

緊張した手でシートベルトを締めるとすぐに、先生が明るい声で私に聞く。

「さあ、どこ行きたい?」

一瞬、頭が真っ白になった。今から私、先生とデートするの?

「えっと…、海の方かな…xx市とか…」

「了解、そこ行くの久しぶりだな」

紺色のミニバンは、ゆっくりと走り始めた。

 

 

最初の恋愛7

H先生へ想いを伝えることができなかった私は、抜け殻のように春休みを過ごした。当たり前に過ごしていた、先生との日々はあっけなく終わってしまったのだ。

先生がメールアドレスを書いてくれたプリントを眺めては、ため息をつく。

「辛くなったらいつでも連絡してきていいから」

そう、先生は言ってくれた。辛い。でも、なんて連絡してよいのか全くわからなかった。

始業式の日。みんながクラス替えや新しい担任の発表に一喜一憂する中で、私は行く先もわからない高校生活の再開を暗い気持ちで迎えていた。そんなとき、新しい担任がHRで告げる。

「明後日に、3月に異動された先生たちの離任式があります」

私は顔を上げた。そうだ、まだチャンスが残されている。言おう、明後日必ず。先生にきっと想いを伝える。

離任式の日。体育館には全校生徒が集まっていた。時間になると、移動した教員たちがぞろぞろと体育館のステージに上がった。2週間ぶりに見るH先生。いつもと変わらず、すました顔で生徒を見ている。その姿を目にしただけで、私はなんだかもう泣きだしそうだった。

想いを伝える、と心に決めてはいたものの、本当に伝えられるかはわからなかった。先生がいつまで学校にいるのか、すぐに帰ってしまうのか。二人で話す時間が取れるのか。何もかもが予測不能だった。

祈る思いで、放課後職員室へ向かった。

いた。先生がまだいる。

あとは、先生と二人で話すことができるか…。先生は副顧問をしていたバスケ部の生徒に囲まれていた。どうやら部活の時は、教室で数学を教えているときとは違う一面を見せているようで、意外にも部員生徒たちと盛り上がっていた。全然話しかける隙がない。私はただ茫然と立ち尽くしていた。

その時、先生と目があった。先生がこちらに歩いてくる。

「黒田さん、久しぶり。勉強がんばってる?」

「先生に数学教えてもらえなかったから、あんまり進んでないよ」

さみしかった、会いたかったと言いたいのに、いじけたような言い方になってしまった。

「先生、もう帰るの?」

「うん、この後予定があるからもう帰るよ」

「そっか…。数学教えてもらおうと思ったのに残念だな」

周りに人がたくさんいる中ではこれ以上の会話はできなかった。

「新しい学校でもがんばってね、先生」

そうして、またも何も告げられず、私は最後のチャンスを逃した。先生はまた、私の前から去っていった。

でも、今回ばかりはこのままでは終われない。

帰宅後、あのプリントを手にした。そう、先生のメールアドレス。

「先生、今日はあんまり話せなくて残念でした。もっと話したいことがあったのに」

勢いで、一方的なメッセージを送って、いたたまれなくなりベッドに携帯を投げた。初めてのメール。返事が来るか来ないか、来てもどんな返事なのか、どうしようもなく緊張し始めた。送らなければよかったかも…そう、思い始めたときに、携帯が震えた。メールの返信が届いた。

「日曜日、朝10時、迎えに行きます」